卒業論文テーマを具体化する:研究の問いを明確にするステップと絞り込み方
卒業論文のテーマ選定は、多くの学生にとって大きな壁となりがちです。特に、「漠然とした興味はあっても、それをどのように具体的な研究テーマに落とし込めば良いのか分からない」「何から手をつければ良いのか」といった悩みを抱える方は少なくありません。
この記事では、漠然とした関心事から出発し、具体的な研究テーマへと絞り込み、最終的に研究の方向性を定める「研究の問い(リサーチクエスチョン)」を明確にするための実践的なステップを解説します。このプロセスを通じて、論文作成に向けた最初の一歩を確実に踏み出せるよう、具体的な思考法とアプローチを紹介します。
1. 漠然とした関心事の洗い出しと深掘り
研究テーマを見つける第一歩は、自分が何に興味を持っているのか、何についてもっと知りたいのかを正直に洗い出すことです。この段階では、まだ研究テーマとして成立していなくても構いません。
1.1. 興味・疑問をリストアップする
まずは、ご自身の興味や日頃感じている疑問を自由に書き出してみましょう。例えば、以下のような視点から考えてみてください。
- 学術分野: 所属する学部の専門分野(例:社会学、経済学、文学、情報科学など)の中で特に惹かれる領域は何か。
- 社会問題: ニュースや社会の動きで気になること、解決すべきだと感じる問題は何か。
- 個人的経験: 自身の経験や身近な出来事から生まれた疑問は何か。
- 既存の知識への疑問: 授業で習った理論や常識に対して「本当にそうなのか?」と感じることはないか。
この際、ブレインストーミングやマインドマップを活用し、関連するキーワードを広げていく方法も有効です。
1.2. 「なぜ」「どのように」で関心事を深掘りする
リストアップした関心事に対し、「なぜそうなるのだろう?」「それはどのように機能しているのだろうか?」「もし〜だったらどうなるのだろうか?」といった問いを投げかけてみましょう。これにより、漠然とした興味が、具体的な探求の対象へと変化するきっかけを見つけることができます。
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例1: 「SNSが若者の精神に影響を与えている」 → 「なぜSNSは若者の精神に影響を与えるのか?」「どのようなメカニズムで影響を与えるのか?」「どのような影響を、どのような層の若者に与えるのか?」
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例2: 「地域活性化に興味がある」 → 「なぜ特定の地域では活性化が進まないのか?」「どのような施策が地域活性化に効果的なのか?」「どのような事例があるのか?」
2. 仮の研究テーマの設定と情報収集の開始
深掘りした関心事の中から、現時点での最も興味のあるものをいくつか選び、仮の研究テーマとして設定してみましょう。このテーマは後で変更しても構いません。
2.1. 仮説的なテーマを言語化する
例えば、前述の例から「SNSの利用が大学生の自己肯定感に与える影響」といった形で、仮のテーマを言葉にしてみます。この時点では、多少広範でも問題ありません。
2.2. 関連する先行研究を調査する
仮のテーマに関連する先行研究、つまりこれまでにその分野でどのような研究が行われてきたかを調査することは非常に重要です。
- 先行研究とは: 自分の研究テーマと関連する領域で、すでに発表されている論文や学術書などの研究成果のことです。
- 目的: 先行研究を調べることで、「何がすでに分かっているのか」「何がまだ分かっていないのか」「どのような研究手法が用いられているのか」を把握し、自分の研究の独自性や意義を見つける手がかりとします。
- 探し方: 大学の図書館データベース(CiNii Articles、J-STAGE、Google Scholarなど)、学術雑誌、専門書などを活用し、仮のテーマに関連するキーワードで検索してみましょう。
この段階で、「既に研究し尽くされている」と感じるテーマに出会うこともあるかもしれません。その場合は、別の角度から問い直したり、焦点を変えたりする柔軟な姿勢が求められます。
3. 研究の問い(リサーチクエスチョン)を明確にする
先行研究の調査を通じて、自分の研究が探求すべき「空白」や「疑問」が見えてきたら、いよいよ具体的な「研究の問い(リサーチクエスチョン)」を設定します。
3.1. リサーチクエスチョンとは何か
リサーチクエスチョン(Research Question, RQ)とは、「あなたの研究が最終的に何を明らかにしたいのか」を明確に表現した問いのことです。これは論文全体の羅針盤となり、研究の方向性を決定づける最も重要な要素の一つです。
3.2. 良いリサーチクエスチョンの特徴
良いリサーチクエスチョンは、以下の特徴を持っています。
- 具体的である: 漠然とせず、何を、誰を、どのように調べるのかが明確である。
- 検証可能である: 提示された問いに対し、データ収集や分析を通じて答えを導き出すことが可能である。
- 独自性がある: 先行研究ではまだ十分に解明されていない点や、新たな視点を提供できる。
- 研究の範囲が適切である: 卒業論文という期間とリソースの中で、現実的に研究しきれる範囲である。
3.3. 問いを立てる際のポイント
「なぜ」「どのように」「どのような関係があるのか」「どのような影響があるのか」といった疑問詞を積極的に用いることで、具体的かつ検証可能な問いを立てやすくなります。
- 例(漠然とした興味からRQへ):
- 漠然とした興味: 「SNSが若者に与える影響」
- 仮のテーマ: 「大学生のSNS利用と自己肯定感」
- 先行研究の発見: SNS利用と自己肯定感の負の相関は指摘されているが、具体的な利用頻度や利用目的による違いはまだ十分に検証されていない。
- リサーチクエスチョン:
- 「どのようなSNS利用頻度や利用目的が、大学生の自己肯定感に負の影響を及ぼすのか?」
- 「特に、どのような種類のSNSの、どのような機能の利用が、大学生の自己肯定感に影響を与えているのか?」
- 「どのような媒介変数(例:他者比較、承認欲求)が、SNS利用と自己肯定感の関係性を説明するのか?」
このように、先行研究で未解明な部分に焦点を当て、具体的な対象や条件を明確にすることで、説得力のあるリサーチクエスチョンが生まれます。
4. テーマの絞り込みと問いの洗練
リサーチクエスチョンが設定できたら、それに基づいて研究テーマをさらに絞り込み、現実的な範囲に収めます。
4.1. 絞り込みの観点
テーマが広すぎると、収集すべき情報量が膨大になり、結論を導き出すことが困難になります。以下の観点から絞り込みを検討しましょう。
- 時間的範囲: いつからいつまでの期間を対象とするのか(例:1990年代以降、コロナ禍以降)。
- 地理的範囲: どの地域を対象とするのか(例:日本国内、特定の都市、海外の特定の国)。
- 対象者: 誰を対象とするのか(例:大学生、特定の職種の社会人、特定の年代層)。
- 側面・視点: 複数の要因がある場合、どの側面に着目するのか(例:経済的側面、社会的側面、心理的側面)。
4.2. 指導教員への相談の重要性
リサーチクエスチョンの設定とテーマの絞り込みは、研究の方向性を決める極めて重要な作業です。この段階で、必ず指導教員に相談し、アドバイスを求めましょう。
- 教員は、その分野の専門家として、あなたの問いが先行研究との関連性や独自性を持っているか、現実的に研究可能かなどを評価してくれます。
- 具体的な文献の紹介や、研究手法に関するヒントをもらえることもあります。
- 対話を通じて、自分では気づかなかった新たな視点や、テーマをさらに深掘りするヒントが得られるかもしれません。
5. よくある落とし穴と対処法
5.1. テーマが広すぎる・抽象的すぎる
- 対処法: 具体的な「人」「場所」「時間」「事象」を設定し、問いに「なぜ」「どのように」といった具体的な疑問詞を含めることで、テーマを絞り込みます。
5.2. 先行研究がほとんど見つからない
- 対処法:
- 本当に誰も研究していないのか、別のキーワードで検索してみる。
- より広い概念や関連分野の先行研究を調べ、そこからヒントを得る。
- 先行研究がないこと自体を研究の意義とすることも可能ですが、その場合は理論的な裏付けがより重要になります。指導教員と相談しながら慎重に判断しましょう。
5.3. 興味が薄れてしまう
- 対処法: 研究は長期的な取り組みです。途中で興味が薄れることもあります。その際は、当初なぜそのテーマに惹かれたのかを振り返り、問いを再検討したり、少し視点を変えてみたりするのも良いでしょう。無理に続けるのではなく、必要であれば教員と相談し、テーマを微調整することも選択肢の一つです。
まとめ
卒業論文のテーマ選定とリサーチクエスチョンの設定は、一見複雑に見えるかもしれませんが、ステップを踏んで取り組むことで必ず道筋が見えてきます。
- 関心事の洗い出しと深掘り: 自分が何に興味があるのかを明確にし、「なぜ」「どのように」と問いかけて具体化します。
- 仮テーマの設定と先行研究の調査: 関連する既存の研究を知ることで、自分の研究の立ち位置と未解明な部分を見つけます。
- リサーチクエスチョンの明確化: 研究の羅針盤となる具体的で検証可能な問いを設定します。
- テーマの絞り込みと問いの洗練: 時間、場所、対象者、側面などから現実的な範囲に絞り込み、指導教員と相談しながら問いを磨き上げます。
このプロセスを通じて、漠然とした興味は具体的な研究テーマへと姿を変え、自信を持って卒業論文の執筆に臨むことができるでしょう。不安を感じることは自然なことですが、一歩ずつ着実に進むことで、必ず自分だけの研究を見つけることができます。